フジテレビ「ウチくる!?」に大山ドラのメインキャストが出演

本日12時からフジテレビで放映されたウチくる!?に、大山のぶ代小原乃梨子野村道子たてかべ和也肝付兼太が出演した。この番組は全くのノーマークで、12時半頃にチャンネルをザッピングしていて、偶然見たのだが、開始30分ほどは見逃してしまった。大山のぶ代小原乃梨子は最初から出ていたようであるが、残りの3名は波田陽区の「思い出侍」というコーナーになってから出てきた。ちなみにこの番組のナレーションはわさドラのび太のママ役を務める三石琴乃であった。

番組終了後、予想通りというか、ドラえもんファンサイトには、大山ドラを神格化してわさドラを叩く書き込みがいくつか寄せられた。ツッコミどころ満載の書き込みが多いのもまた事実であると感じる。

目に付いたのは、要するに「僕の(私の)ドラえもんと違うから」という理由で拒否する人である。自己中心的で、主観的な視点でドラえもんを見ている。世の中における背景や、これまでのこと、これからのことと言った客観的な視点ではほとんど語らない。こういう人に限って、中途半端に、客観的視点を持ち出す。視聴率が下がって打ち切りになればいいとか、表現力も乏しい。ならば、どうすべきなのか。世の中全体を見通したビジョンを書き込む人はごく少数だ。そして、ドラえもんの原作漫画にほとんど触れたことがない方が意外に多いことに驚いている。

また、これは肯定派、否定派に関係なく感じる頃であるが、ネットで拾った知識だけで書き込んだりする人も多いと感じる。例えば、とある雑誌にこのような記事が出ていたという事がネットで話題になったとしても、実際に、その雑誌を手にとって自分で全文を読んだりしているのだろうか。見出しや要約だけでは、それを書いた人の主観が少なからず入ってしまう。

わさドラを受け入れないのは勝手だが、新キャスト、新スタッフに対しては文句を言ったり根本から認めない趣旨の発言、中には「天国の藤子F先生も悲しんでいる」と故人の名を安易に持ち出す方もいた。そして、そういう人達に限って、大山ドラに関しては必要以上に神格化しすぎると感じる。裏を返せば、それだけ愛されていたという事なのであろう。中途半端な愛し方である感は否めないが。

「まだやれたのに何で変えたの」と、大山さん達の立場に立って同情するくせに、原作者・藤子・F・不二雄の立場に立って物を考えようとしない。残したい物は、「藤子・F・不二雄が描いたドラえもんという作品」ではなく、「大山のぶ代が声を当てるドラえもんというキャラクター」と思っているようにしか見えない。

自分にとってのドラえもん大山ドラならそれはそれで大いに結構なことだと思う。無理してわさドラを好きになる必要はないのだ。これから産まれてくる子供にとっては、わさドラがどらえもんになる。その事に対して、何が不満なのだろうか。作品の中身の不満ならともかく、現状では声を巡る不満が多い。

もちろん、全体像を見据えた正当な批判もないわけではない。しかし、論点のなってないチラシの裏に書いてろ状態の書き込みが圧倒的に多いと感じた。

リニューアル第一回目の放送が終わってからしばらくは、なんで変えたのといった趣旨の書き込みが多かったように思えたが、レスとしてスタッフが掲げた原点回帰のコンセプトを説明したとしても、出来上がった作品が全てであると言わんばかりに、コンセプトなんて知るかと拒否してしまう。そういう人達に限って、視聴率だけは気にしたがっていたりしないだろうか。

わさドラが始まって約2ヶ月。現時点における問題点もある程度見えてきた。そろそろ問題点について具体的に書き込める時期に達しているのかもしれないが、この手の投稿はまとめ上げるのに下手すると半日はかかってしまうので、そこまで時間を割く余裕がないのが苦しいところ。その他のお蔵入りになっているネタも含めて、結構、書いてはいるんだけど。まとめるのが大変なので未だにアップできない。

現時点におけるわさドラの評価と言えば、大山ドラが一番面白かった時期と比べてしまうと、はるかにかなわない。あの時期を超えるのは容易ではないだろう。わさドラに対する不満点も少なくはない。ただ、少なくとも言えることは、ここ7〜8年のどうしようもない状況に比べれば、本当に毎週毎週が天国のようであるという事である。大山ドラと比較するのは野暮なことかもしれないが、1980年代終盤から1990年代前半レベルの面白さは、保っていると思う。

大山ドラは一時期までは本当にすばらしかった。現時点におけるわさドラと比較するまでもなく。しかし、最後の数年間で全てはぶち壊された。その事については散々書いてきたが、大山のぶ代の声だけをみても、晩年の年老いた声では、二人目の大山のぶ代が当てているような感覚も感じたのも事実だ。

そもそも、ドラえもんを、今後も続けていくという選択肢を選んだ時点で、リニューアルするにあたっての、もっと最悪の事態も想定していた。前のキャストによく似た声、芸能人ばかりのキャスティング、毒のある原作とは完全に決別した似非平和路線等・・・。

それから考えれば、今の路線は、少なくとも間違ってはいない。